企業に所属するビジネスパーソンが、グローバル感覚を養うために海外のNGOやスタートアップで働く、留職。近年は、海外だけでなく、国内の第一次産業や医療業界などへ留職する事例も増えてきています。本記事では、留職の定義やメリット、導入事例などについて解説します。
留職の定義や意味とは?
留職とは、留学という言葉になぞらえて、グローバル感覚を身につけるために、諸外国主に新興国で一定期間働くことをいいます。赴任先は、主にNPOやNGO、商工会議所や病院などの公的機関、社会課題解決に取り組む中小企業などさまざまです。しかし、近年は社内とまったく異なる文化を学ぶという意味合いでも使われ、赴任先が海外ではない「国内留職」というプログラムも登場しています。
留職という概念は、2008年ごろからアメリカで広まった国際企業ボランティア(ICV)が起源とされています。その後、国際企業ボランティアは、IBMやスターバックス、フェデックスなど有名企業に導入されています。
日本では、小沼 大地氏が2011年に創業したNPO法人クロスフィールズが、この国際企業ボランティア(ICV)の斡旋を行う団体と提携し、唯一留職プログラムを提供しています。
留職と留学の違い
留職は、これまで得たスキルや知見を活かし、新興国など海外で社会課題解決を行う実践を伴う学びの機会ですが、留学はインプットの学びが主体で、目的も語学だけでなく、MBAなど学位を取得するための留学や、パティシェやヨガなど特定のスキルを身につけるための留学など種類はさまざまです。
留職が広まった背景
現在、留職はパナソニック、キリン、日立製作所、ベネッセコーポレーションなど、名だたる企業にも導入されています。なぜ、これほどまでに留職の導入が広がったのでしょうか?その理由としては大きく2つあります。1つがグローバルに通用する人材を育成すること、もう1つが変革を起こせるスキルを養うためです。
新興国など、諸外国へ派遣することで、語学の壁を突破できるだけでなく、逆境を跳ね除ける力や、日本とはまったく異なる文化や価値観を受容しながら、社会課題を解決していく力も同時に養われます。
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これは、ビジネスと通ずる部分が非常に大きいでしょう。新しい事業や取り組みをする際には、明確な答えはありません。しっかりとした道筋がないなかで、既成概念にとらわれず、失敗しながらも正解を自らの手で作り出していかなければいけません。
グローバル環境下で取り組む留職では、自分のスキルや成功体験が通用しない局面に多く遭遇することでしょう。この挫折体験や修羅場の経験こそが、人そのもの生き抜く力やリーダーシップを身につけさせてくれるのです。
留職のメリット
留職を導入すると、具体的にどのようなメリットが得られるのでしょうか。
自律型人材の創出
留職では、自身のスキルを活かし、新興国にあるNPOやNGOなどの赴任先で社会課題の解決を行います。赴任先は、言語や価値観、文化が異なるため、日本国内ではうまくいったやり方や方法論が通用しないこともあるでしょう。このような環境に身をおくことで、指示を待たずに、主体的に考えて解決に向けて行動できる人材へと成長します。
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国際的視野が身につく
国際的視野とは、単に日本との文化の違いを学び理解するだけでなく、日本人としてのアイデンティティや強みも理解して活かしながら、異なる人種、性別、価値観、文化、宗教を受け入れる姿勢、そしてその違いを乗り越えてコミュニケーションや人間関係を構築できることです。
今では、日本国内にいながらにして、世界中の情報を取得できます。しかし、あくまでそれは電子情報に過ぎず、肌で感じた文化の違い、今までの既成概念が通用しない苦い経験などは、現地に赴任しなければ決して味わえないことであり、気付きや学びもまた大きいはずです。
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課題解決能力が向上する
言語も違う、文化や価値観も違う、制約だらけの環境で、自らのスキルや知識、持てるものすべてを使って、がむしゃらに赴任先の社会課題の解決に取り組みます。もちろん、失敗やうまくいかないこともありますが、そこで成し得た1つの成功は、かけがえのない経験となるでしょう。
留職のデメリット・注意点
留職には、メリットがある一方で、導入コストがかかったり、人員配置の調整が必要になったりと、デメリットや注意点も存在します。
コストがかかる
赴任先の斡旋、滞在中の費用、渡航費などを含むため、留職の導入にはそれ相応の費用がかかります。費用は一律で決まっていないことが多く、留職のプログラムや期間に応じて、費用が変わります。
社内調整が必要
留職では、一定期間、対象の従業員は現地へ赴任するため、現場から離脱することになります。そのため、代わりにカバーしてくれる人材の配置が必要となります。留職を社内のリスキリングや越境学習の一環として導入するのであれば、実施タイミングや参加条件、引き継ぎなど社内体制の構築も検討しなければいけないでしょう。
留職後の受け入れ体制の構築が必須
留職で重要なのは、赴任先から帰ってきた従業員が、どう成長し、学んだことをどのように業務にアウトプットするかということです。今まで通り、同じ業務をするだけでは、獲得したスキルや知見を最大限活かすことができません。
そのため、留職後には新規事業創出やイノベーションに関わる業務を任せる、参加者が得た学びを社内で発表する場を設ける、会社の生産性やパフォーマンス、イノベーションにどう寄与したかを可視化するなどを行うことが重要となるでしょう。
留職の導入事例
最後に、実際に留職を導入した企業事例についてご紹介します。
パナソニック株式会社
日本で初めて留職を導入したのがパナソニック株式会社です。技術職系の社員が、ベトナムのダナンにある、電気やガスがない地域向けに太陽光を活用した調理器具を提供するNGOに3ヶ月ほど赴任。なお、日本側でバックアップをするメンバーが4名おり、合計5名で進めているプロジェクトでした。現地に赴任する社員が困ったときには、日本側のメンバーがオンラインでサポート。結果として、新商品アイデアの企画、製造コストの削減などの面で貢献を果たし、無事修了となりました。
株式会社リクルートキャリア
リクルートキャリアは、自社のサービスの根幹でもある人材や雇用の課題に向き合うべく、宮城県石巻にある在宅医療の診療所へ営業職3名を派遣。在宅医療の横連携支援や医療事務のオペレーション改善などをミッションとし、現地視察に入ったところ、知識として理解していた医療現場の人材不足の深刻さや、課題の本質を肌で感じ取ることができたそうです。
ハウス食品グループ
ハウス食品グループの食品事業本部の藤井さんは、2018年にタイにある創業7年目のサイアムオーガニックへ留職。主に新商品開発の担当になったそうですが、一般家庭の台所のような限られた設備で開発をすることに、最初は戸惑いを覚えたみたいです。当初は、慣れない文化の違いや言語の壁に阻まれて、うまくいきませんでしたが、本音でぶつかり合う覚悟を持ち、コミュニケーションを取るようになった結果、課題が少しずつ明確に。最終的には自身が検討した米粉パンのアイデアを1つ形にするところまで持っていくことができたそうです。
株式会社日立製作所
ITエンジニアである鳥越さんは、インドのジャイプールにある貧困層の子どもたちに適切な教育を施す活動をしているNGOに赴任。そこでは、データ活用や分析における課題があり、学校運営において問題が生じていました。
当初、うまくNGOの担当者と意思疎通を図ることができず、非常に苦労したそうです。しかし、それは社内で知らぬ間に得ていたルールや先入観であることに気付き、相手の価値観や文化を積極的に理解したうえで、1つずつ根気強くコミュニケーションを重ねた結果、信頼を勝ち取ることができました。
まとめ
今後、ますますグローバル視点が重要になるなかで、留職を導入する会社は増えていくでしょう。しかし、留職を導入する際には、参加者が現地へ赴任し人手不足になるため、事前調整が必要になるうえ、多額のコストがかかります。人材育成において有効な施策なのか、入念に検討してみましょう。