日々変化するビジネス環境、ワークスタイルの多様化などにより、従来の人事評価システムでは、適切な評価を下せなくなりつつあります。そこで現在注目されているのが、ノーレイティング。

ノーレイティングとは、「A」や「B」といったランクづけを行わずに、上司がフィードバックを行う形で評価する方法を指します。本記事では、ノーレイティングの特徴やメリット、デメリット、導入企業の事例について解説します。

ノーレイティングの意味とは?

ノーレイティングは、英語に直すと「no rating」で評価なしという意味になります。つまり、数値やランクに囚われず、柔軟に従業員一人ひとりを評価する方法のことを指します。ノーレイティングが人事評価に導入されたのは2014年頃で、ゼネラル・エレクトリック(GE)社が始まりといわれています。

 

ゼネラル・エレクトリック(GE)は、ノーレイティングを採用してから業績が堅調に伸びたこともあり、マイクロソフトなど大手企業が追随する形でノーレイティングを導入しました。日本では、P&G Japanや日本マイクロソフトなどの外資系企業で導入が進んでいますが、依然としてノーレイティングの知名度は低く、本格的な普及はこれからになりそうです。

「ノーレイティング=評価をしない」ではない

ノーレイティングでは、「評価をしない制度」と誤解されがちですが、あくまで数値やランクづけをしないに過ぎません。従来の人材評価制度では、会社の経営目標や事業目標と紐づく形で、従業員に半年後や1年後の目標をもたせ、進捗や達成度をチェックします。しかし、変化が早い昨今では、定めた目標が意味を成さなくなることもあります。そこで、即時性高く、柔軟に従業員に合わせて評価をするノーレイティングを実施することで、より正確で公平な評価ができるのです。

なぜ、ノーレイティングが注目されているのか?

ノーレイティングが注目されている背景は大きく2つあります。1つが、ビジネス環境の変化が激しくなっていること。大規模災害の発生、感染症の蔓延、異業種からの競合参入といった事象を契機に、予期せぬ形で消費行動や産業構造が変化することはもはや珍しいことではなくなりました。このような状況下では、たとえ従業員が達成目標を定めたとしても、半年後には機能しなくなる恐れもあります。

 

もう1つが、優秀な人材の確保です。ご存知のように、近い将来、日本は少子高齢化によって生産年齢人口の減少が懸念されています。2022年に総務省が行った統計によれば、労働人口の中核を占める生産年齢人口(15〜64歳)の割合は全人口の59.4%で、統計開始の1950年以来、もっとも低い数値となっています。
参照:人口推計(2021年(令和3年)10月1日現在)

 

また、国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2030年には人口のおよそ3分の1にあたる3,715万人が65歳以上になると発表しています。
参照:日本の地域別将来推計人口(平成 30(2018)年推計)|国立社会保障・人口問題研究所

 

ここ数十年で、ワークスタイルの多様化が進み、転職に対するハードルは下がりました。そのため、労働環境や人事評価などに対する不満が、人材の流出に大きな影響をもたらします。公平に柔軟に評価してくれる環境の整備が、どの会社にも求められているのです。

ノーレイティングのメリット

ノーレイティングを導入するメリットとしては、下記の3つが挙げられます。

評価に対する納得感を得やすい

従来の評価制度では、「A」や「B」といった客観的な指標に当てはめる形で評価を行うため、モチベーションの低下や反感を買う恐れがありました。しかし、ノーレイティングでは、目標のすり合わせを適宜行い、かつその従業員に合わせたフィードバックが行われるため、評価に対する納得感を得やすくなります。

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モチベーションの向上

ノーレイティングでは、日常的にフィードバックを送るため、行動や、行動によって生まれた結果が出た直後に賞賛・指摘を行うことができます。その結果、「会社に必要とされている」と自覚でき、モチベーションの向上につながります。

ビジネス環境の変化に柔軟に対応できる

ノーレイティングでは、定期的に管理職と部下で1on1を行うため、ビジネス環境の変化に対応しながら、柔軟に目標設定の修正や見直しを行えます。そのため、より現状に即した、公平な評価を下すことができます。

ノーレイティングのデメリット

一方で、ノーレイティングは管理職に評価が委ねられるため、管理職側にスキルがないと、むしろ現場が混乱したり、負担が増大したりするデメリットもあります。

高いマネジメント能力が求められる

先に述べたとおり、ノーレイティングは管理職のコミュニケーションやマネジメントによって、クオリティが左右されます。従来のレイティングであれば、勤務態度や売上金額、業務の進捗状況など客観的な指標から評価が行われていましたが、ノーレイティングでは決められた評価方法はなく、管理職に委ねられます。

現場が混乱する可能性も

メンバーと信頼関係を構築しない状態で評価を下してしまうと、不信感が生まれ、現場が混乱する可能性があります。日頃からコミュニーションが希薄な組織の場合は、そもそもノーレイティングを導入しても、うまく機能せずに形骸化してしまうでしょう。

管理職の負担が増大する

ノーレイティングでは、定期的に部下と1on1などで信頼関係を構築しつつ、評価手順や評価方法を決定する必要があるため、管理職の負担が増大します。特に、複数名の部下を抱える管理職であるほど時間の捻出が困難になるでしょう。

ノーレイティングを適切に導入するには?

ノーレイティングを適切に導入するには、従来の人事評価制度の見直しはもちろん、負担が増大する管理職へのサポート体制の構築などが必須となります。

人事評価制度の見直し

ノーレイティングにするということは、従来の人事評価制度のあり方を変えることと同義であり、つまり組織を変革することに他なりません。ノーレイティングを実際に進めるのは現場の管理職であるため、導入にあたっては、人事主導ではなく横断型プロジェクトを設立し、現場を巻き込む形で進めていくと良いでしょう。

管理職へのサポート体制の構築

ノーレイティングで負荷がかかるのは、評価を行う管理職です。負荷が増大して本来の業務に支障が出ないように、システムの導入や人事部門などでサポートできるような体制を構築しておくと、導入後スムーズな制度の運用が可能となるでしょう。

ノーレイティングを導入する企業事例

最後に、ノーレイティングの制度を導入している企業事例についてご紹介します。

カルビー株式会社

カルビー株式会社の元会長兼最高経営責任者である松本 晃氏が掲げていた「10の考え方」のなかに、Commitment & Accountabilityがあります。日本語に直すと、約束と結果責任となります。カルビーでは、レイティングがないかわりに、上司と部下で決めた契約書の実行内容がどれだけ果たされているかによって評価が決まります。人事制度が刷新されて現在はなくなってしまいましたが、多くの会社に影響を与えた制度として有名です。

アクセンチュア

アクセンチュアには、「パフォーマンス・アチーブメント」と呼ばれるノーレイティングがあります。これは、従業員自らが目標を設定し、会社はあくまでサポートする立場をとり、従業員の成長や気づきの機会を提供するものです。

サッポロビール

サッポロビールでは、2021年に人事制度を全面刷新し、ノーレイティングを導入しました。ランクで行動や業績を評価していた従来の制度を廃止し、「ストレッチゴール」という新しい指標を取り入れています。これは、現実的な目標を設定するのではなく、チャレンジングな目標を設定することを促進するためのもので、結果よりもチャレンジをする姿勢に主眼をおいています。

終わりに

ノーレイティングは、変化の激しいビジネス環境に対応できる、柔軟性の高い評価制度です。ただし、冒頭でも述べたように、あくまで数値やランクづけをしない制度で、「ノーレイティング=評価をしない」ではありません。ノーレイティングは、従業員一人ひとりに合わせた評価ができる反面、管理職側のマネジメントに依存するため、負担が増大するほか、そもそもコミュニケーションが希薄な組織だと、ノーレイティングが正しく機能せずに、期待した効果を得られないことも。ノーレイティングが自社の課題を解決できる制度なのか、また自社にマッチした制度なのか、入念に検討したうえで導入するようにしましょう。

この記事を書いたひと


俵谷 龍佑

俵谷 龍佑 Ryusuke Tawaraya

1988年東京都出身。ライティングオフィス「FUNNARY」代表。大手広告代理店で広告運用業務に従事後、フリーランスとして独立。人事・採用・地方創生のカテゴリを中心に、BtoBメディアのコンテンツ執筆・編集を多数担当。わかりやすさ、SEO、情報網羅性の3つで、バランスのとれたライティングが好評。執筆実績:愛媛県、楽天株式会社、ランサーズ株式会社等