都心部の人が、地域と関わりを持ち、生産者や地場産業のお手伝いを担う地方複業という働き方をご存じでしょうか?とりわけ、地域は労働力不足が進んでおり、専門的な人材の確保や後継者育成が急務となっており、じわじわとニーズが高まっています。
しかし、地域ではまだまだ外部人材に業務を依頼することに抵抗がある人も多く、コミュニケーションを間違えれば、信頼の低下につながることも。そこで、本記事では、地場産業特化型の複業人材マッチングサービスを運営するトレジャーフットの代表田中さんに、地方複業の魅力や可能性、実践するうえでの注意点について聞きました。
HR×シェアリングエコノミーに可能性を見出す。黎明期にトレジャーフットを設立。
――まず、田中さんの学生時代について教えてください。
社会課題を考えて行動する志高い人間でもなく、とにかく音楽に夢中な学生でした。だけど、昔から「住む場所が勝敗を分ける」「いじめ」といった不条理が許せなくて。なんとなくそこに対しての熱量はありました。
大学では、地域政策を専攻し、主に貧困問題について学んでいました。就職活動の時期がきても、特に入りたい会社はなくて。なんなら、発展途上国に行こうと思っていました。だけど、ゼミの先生に「日本の会社に就職して納税することも価値のあることだよ」と言われて、就職説明会に行ってみることにしたんです。
そこで、インターネット広告業界を知って。数社の中からセプテーニに内定をもらい、就職することになりました。
――セプテーニではどのようなことをしていたんですか。
中小企業のお客様に対し、インターネット広告のアカウントプランナーをしていました。インターネット広告に変わって効果が倍増し、お客様の会社が成長していく様子をみて、インターネットの可能性を痛感しましたね。
3年ほど勤めたのち、インターネットの力をローカルで活かしたい想いから沖縄の株式会社パムに転職します。
――株式会社パムでは、前職と同じく広告に関わるお仕事をされていたのでしょうか。
沖縄密着型のローカルメディアの運営と企画を担当していました。小さな会社でしたので、仕組みが整備されていなくて。仕組みを作って収益性を担保し、事業基盤を構築していきました。
入社して5、6年目になり、私が担当していたローカルメディアの事業部が分社化されて、私はそこの編集長兼子会社の社長を任されました。
――順調なキャリアに思えるのですが、そこから転職したのはどういった経緯があったのでしょうか?
めちゃくちゃ楽しくて順調でした。ただ、2年ほど沖縄で仕事をしてみて、沖縄に暮らす人々の生活を豊かにできているのかと考えるようになって。雇用を増やすことよりも、実は
インフラや生活費を安くする福利厚生サービスを作ることがニーズが高いのではないかと仮説を立てて、密かに準備を始めました。契約してくれる法人に営業して、大きな会社から受注ができそうだったのですが、最後の最後でダメになってしまって……。
しかし、私は一度決めたら最後まで突き進みたいタイプで。日本の福利厚生サービスの大手3社にプレゼンしに行って、そのうちの1社、前職のベネフィットワンの社長に「資金は出せないけど、ぜひうちの会社でやってみてよ」と言ってくれて。入社を決めました。
――ベネフィット・ワンでされていた業務内容について教えてください。
ベネフィット・ワンでは、サービス開発部の部長代理と新規事業開発の責任者をしていました。とにかく2年間、がむしゃらに働きましたね。時価総額も入社のタイミングで700億から1500億ぐらいまで伸びた期間で激動でした。
そして、「ベネフィット・ステーション」の利用企業・団体会員向けにモノ・スキルのマッチングアプリ「ワーカーズマーケット」をリリースするなど、シェアリングエコノミーの事業に注目していました。当時は、まだAirbnbやUberEatsなども普及していない頃でしたが、今後ヒューマンリソースのシェアリングエコノミー市場は確実に伸びると読んでいたんですね。2018年1月に、国のモデル就業規則が変わり副業解禁となりました。「ここは大きなチャンスかも!」と感じ、2018年3月にトレジャーフットを創業することになりました。
創業の根っこにあるのは「世の中の不条理をなくしたい」という義憤
――社名の由来について教えてください。
トレジャーフットは、直訳すると宝と足。意味不明ですよね。由来は「地域の宝物は足元にある」また「人生の宝物は足元にある」ということで、私の信念みたいなものです。この考え方をずっと貫いていて、地方の企業の支援をしていると、最先端のものや、都会に憧れるような話をよく聞くのですが、私は、宝物は足元にあると考えていて、すでに持っていることが多いように思います。なので、向き合って今持っている価値を磨く。そのような価値観を大切にしています。
――創業の根っこにある信念やビジョンは?
昔から持っている「不条理をなくしたい」という気持ちですね。東京にいるとあまり感じませんが、地域にいると後継者や担い手が不足したために事業を畳むなど、人口減少による影響を身近に感じるんです。シェアリングエコノミーで人口減少の問題を解消し、地域社会ひいては日本を元気にしたい想いがあります。
――トレジャーフットの事業内容について教えて教えてください。
事業としては大きく3つあります。1つが、複業・兼業の方と人材を必要としている地場産業をつなぐマッチング事業です。
2つ目が、2022年8月にリリースした「はたふり」という未経験から6ヶ月で地域複業デビューをサポートする実践型プログラムです。今までは、すでにスキルを持ったプロの人たちじゃないと斡旋できなかったんですよね。しかし、それだと数に限りがあって。弊社が掲げているミッション「私たちは新しい働き方を創造し、地場産業の発展に貢献します。」にもあるとおり、地場産業の発展だけでなく、新しい働き方の創造も大切にしたいので、「はたふり」の立ち上げに至りました。
3つ目が、天王洲アイルにあるコワーキングスペース、ザ・パークレックス 天王洲 [the DOCK]の運営事業です。三菱さんとパナソニックさんと共同運営しており、具体的には、利用者同士の活性化におけるイベント企画および開催、マッチングを行っています。
労働力不足とリモートワークの推進により、複業市場が急成長
――最近、地方複業という言葉を耳にするようになりました。なぜ、ここまで地方複業が伸びたのでしょうか?
大きな要因は、やはりコロナ禍です。受け入れ側の企業がリモートワークを受け入れざるをえなくなり、さらに複業ワーカーの方々がリモートワークになって自由な時間が増えました。この2つの要素が掛け算になって、一気に広がった感じですね。
――受け入れ企業側は、どのような課題を持っていますか?
まず大きな課題が労働力不足です。未だに「優秀な人が取れるなら正社員が良い」「外注ではなく、内製にしたい」と言われますが、現実的に厳しくなってきているんですよ。政府の統計でも、今後50年で生産年齢人口が50%減少すると報告されています。
――以前よりも外部人材の活用に前向きな企業が増えてきているんですね。
未だに壁はありますよ。ただこの5年間でだいぶ変化しています。というのも、国が積極的に関係人口創出の文脈で予算を投下しているためです。国や政府の後ろ盾があるから、動いてくれる民間企業の人たちも増えているのかなと。
もう1つ、受け入れ企業が抱えている課題が、外部人材に業務を切り出せないことです。ある程度の規模の会社なら、プロジェクトマネジメントという概念がありますが、家族経営の会社だと、この概念そのものが存在しないんですよね。
――そもそも業務を切り出す考え方が存在していないんですね。それは盲点です……。
プロジェクトオーナーやプロジェクトリーダーがいないとプロジェクトは進まないですよね。我々は会社と複業ワーカーの間に立って日々仕事をしていますが、マッチングだけしても数ヶ月でプロジェクトが終わるケースも少なくありません。要件定義ができていないから、スキル提供にまで至らないんですよね。外部人材を受け入れるということは、今まで阿吽の呼吸でやっていたものを分解して棚卸しをする必要があります。それで初めて、どういったスキルを持った外部人材の方を採用するかが見えてくるわけです。
地方複業で注意すべき3つのポイントとは?
――地方複業は、一般的な複業と比べて、独特なルールや作法がありそうです。複業ワーカーがハマりがちな落とし穴はありますか?
地方複業で気を付けるポイントは3つあります。先に答えをお伝えすると、「要件定義」「正解がわからない」「プライシング(値決め)」になります。1つずつ解説していきますね。まず「要件定義」ですが、こちらは先に述べたとおり、そもそも小さい会社だと業務の棚卸しができていません。
なので、例えば、「ロゴを作ってください」という要望を額面通りに受け取ってスキルを提供しても、実は「リブランディングして新商品を作る」依頼だった、みたいなことになりかねないわけです。
なぜ、こういったことが起こるかというと、実は複業ワーカーが「スキルだけを提供することが最適解」と思い込んでいるからです。
――組織の中にいると、「自分の専門分野のスキルを発揮すれば良いだけ」となりがちですよね。
会社は営業、経理、広報、人事など、さまざまな部署で成り立っています。ただ、複業ワーカーというのは個人事業主で、すべてのことを行わなければいけません。受け入れ先企業からしたら、1人のプロ人材という見え方なので、課題解決をしてくれる期待があるわけです。だから、複業ワーカーがまず取り組まないといけないことは、スキル提供の前に要件定義です。つい、気が逸って「できます」と引き受けてしまいがちですが、そこはグッと堪えましょう。期待値はできるだけ低く、要件はできるだけ甘くするのがミソです。
次の「正解がわからない」ですが、そもそも複業ワーカーって専門家がいないんですよ。税務なら税理士、弁護や法律なら弁護士、労務なら社労士じゃないですか。しかし、複業ワーカーは、税務や法律、労務に加えビジネス的な観点も持ち合わせていないといけません。だから、適切な答えを持ってる人が周りにいないんです。
――たしかに……。自分で答えを出さないといけない場面は多いですよね。
なんとなく自分で試してみるけど、結局正解がわからぬまま暗闇をもがいている人は多いんじゃないですかね。
ターゲットが変われば、当たり前のスキルが価値になる
最後の3つ目が「プライシング(値決め)」です。多くの方は、会社の給料を前提に費用を見積もりますが、これは大きな間違いです。会社員は雇用が守られてるんですよね。しかし、複業ワーカーはフリーランス同様に仕事を打ち切られる可能性もあるし、裁判される可能性もあるし……。大きなリスクを取っているんですよね。そこを理解せずに安く受けてしまうと、半年ぐらいでドロップアウトしてしまいます。なので、いつも私は複業ワーカーの方に、2〜3倍の価格が適正だと伝えています。
――「2倍〜3倍の価格だと売れなさそう」という声も聞こえてきそうです……。
「砂漠で水を売る」というマーケティングをご存じですか?例えば、東京では水は1本100円ですが、砂漠なら1億円でも欲しいですよね。つまり価格は需要(ターゲット)と供給(提供価値)で決まるわけなんです。
これを、東京と地域に置き換えると、東京なら当たり前の「Gmailを入れる」「ExcelでVlookUp関数でデータを整理する」スキルも、ある地域では喉から手が欲しいくらいのスキルになる可能性があります。
――東京では当たり前のスキルが、場所が変われば価値になる可能性があるんですね。
そのとおりです。なので、すでに自分が持っているスキルが、とんでもない価値を生む可能性は大いにあるわけです。ただ、複業や兼業の場合、大きな仕事を単発で取るのはおすすめしません。
――なぜ、大きな仕事を受注するのはダメなのでしょうか?
複業や兼業は時間に限りがあるんですよ。例えば、1ヶ月100万で何かサービスを提供しようとすると、頑張って睡眠時間を削って業務を進めようとして、長続きしないんですね。もし、受注をするなら、細く長く帯で取ることをおすすめしています。
地方では信頼関係の構築に時間がかかるので、「すぐ話せる御用聞き」みたいな形で、まずは月1〜3万円くらいから始めましょう。そのうち、向こうも信用してくれるようになって、別の仕事を頼まれたり、困っている人を紹介されたりするようになります。
――今後の展望について教えてください。
時間が経って少しずつ地方複業という働き方が浸透してきつつあります。「新しい働き方を創造し、地場産業の発展に貢献する」の理念実現のために、今行っているマッチング事業や育成事業だけでなく、それこそ複業人材たちが地場で作られた製品をブランド化して販売するプロジェクトや、事業継承問題の解決など、面白いと思ってもらえるような取り組みやプロジェクトを作っていきたいです。
――これから、地方複業にチャレンジを考える方へメッセージをお願いします。
地方複業は、豊かさを増やす働き方です。豊かさにもさまざまな定義がありますが、私は選択肢の数が増えることだと思っています。
1と2しか知らない人が1を選ぶより、1から10を知っている人が1を選ぶ方が豊かだと思うんですよね。地方複業は日本国内とはいえ、いつも働く会社とはまったく別のコミュニティ、別の価値観をもつ人々と対峙することになります。意見の食い違いで大変なこともあれば、そこから学びや気付きを得られるでしょう。また、都心部にはない穏やかな時間の流れや、濃密な人間関係などを感じることもできるし、代々受け継がれた技術に対し、100年200年の歴史の厚みを感じることもあるでしょう。ぜひ、地方複業で人生と収入を豊かにしてみませんか?
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この記事を書いたひと
俵谷 龍佑 Ryusuke Tawaraya
1988年東京都出身。ライティングオフィス「FUNNARY」代表。大手広告代理店で広告運用業務に従事後、フリーランスとして独立。人事・採用・地方創生のカテゴリを中心に、BtoBメディアのコンテンツ執筆・編集を多数担当。わかりやすさ、SEO、情報網羅性の3つで、バランスのとれたライティングが好評。執筆実績:愛媛県、楽天株式会社、ランサーズ株式会社等