働き方も多様化し、フリーランスや複業(副業・兼業)というキャリアを選ぶ人も増えました。フリーランスや複業は自由な働き方ですが、労働基準法の適用外であるため、自分の身は自分守らなければならない一面もあります。こういった立場つけ込み、報酬踏み倒しやパワハラ・モラハラといったトラブルに発展するケースも起こっています。今回は、そんなトラブルに遭った場合はどう対処すれば良いのか、渥美坂井法律事務所の弁護士の山梨さんに解説してもらいました。

 

フリーランスや複業でよくあるトラブル、どう解決すればいい?渥美坂井法律事務所の山梨さんが解説

 

フリーランス・複業のトラブル1:報酬の未払い・踏み倒し

ーーまず、報酬の未払いや踏み倒しのトラブルについて聞いていきたいと思います。もし、クライアント都合で案件が中断されてしまった場合、もらうはずだった報酬の請求はできますか?

 

契約でクライアントに中途解約権が認められていない限り、クライアント都合で案件が終了してまったとしても、民法の規定により報酬を全額請求することが認められています。

 

案件が進められなくなったことについて自分にも否がある場合でも、全額とはいきませんが業務内容によっては報酬の一部を請求することが可能です。契約を締結する際、中途解約に関する取り決めには十分な注意が必要です。 

 

正式発注を見込んで予定を空けていたにもかかわらず発注がなかった場合、機会損失分を請求できますか?

 

契約を締結するかどうかは原則自由ですので、機会損失として報酬相当額を請求することはできません。もっとも、クライアントから契約の成立を合理的に期待させるような言動を受けていたのであれば、備品の購入費用など、業務準備に要した費用を賠償請求できる可能性はあります。

 

なお、クライアントから予定を空けておくよう求められ、そのために他の依頼を断らざるをえなかったような場合なら、その依頼で得られたはずの報酬相当額を賠償請求できる可能性はあります。

 

ーー報酬を請求できる場合があるとして、代理店や編集プロダクションなどが間に入っている取引の場合、請求先はどこになりますか?

 

契約に基づく報酬は当然、契約の相手方に対して請求することになりますので、代理店の間で契約が締結されていると認められる場合は代理店に請求できますが、代理店が間に入っているだけでクライアントと契約を締結していると認められるような場合、クライアントに直接請求することになります。誰との間で契約が成立しているのかを明確にするためにも、やはり契約書を交わしておく必要があります。

 

ーーとにかく契約書が重要なんですね。

 

そうですね。契約書があれば裁判でも請求は認められやすくなります。もちろん契約書がなくても請求が認められることはありまが、どのような業務内容について合意し、どういう形で支払いを約束していたかの記録が残っていないと自分の主張どおりに請求を認めてもらうのは難しいことも多いかと思います。

 

ーー小口案件だと契約書を交わさずに取引するケースも多いと思います。もし契約書がない場合、請求書、メール文章、SNSのやりとりなど……どこまでが証拠になりますか?

 

契約書以外のものが証拠になるかどうかはケースバイケースです。例えば、メールのやりとりしか残っていない場合であっても、クライアントとの間で明らかに支払いに関する合意をした痕跡があれば、そのやりとりと矛盾するような事情がない限り、証拠としての価値は十分にあるのではないかと思います。

 

なお、LINEやTwitterなどのSNSでは本名ではなくニックネームで登録できてしまうので、やりとりを行ったのが本当にクライアントなのかどうかは追加で証明する必要が生じてしまいます。相手が素直に認めてくれれば問題ありませんが、「このメッセージを発信したの自分ではない」と反論されてしまう可能性もあるため、注意が必要です。

 

ーーということは、数万円の小口案件でも契約書は交わしたほうが良いでしょうか?特に友人間の取引となると「契約書を交わしましょう」と言い出しにくそうです。

 

簡単な内容でもいいので契約書を交わすのが望ましいですが、それが難しければ業務内容と支払い方法を具体的に明記した発注書と受注書だけでも交わしましょう。

 

トラブルがあったときにスムーズに解決できると思います。継続的な取引が見込めるのであれば、基本契約書を取り交わすことも検討すべきです。基本契約書を取り交わすことで、以後の個別の契約については発注書だけで成立させることなども可能になります。

 

なお、令和3年3月26日に内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省の連名で「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」が公表されています。同ガイドラインに掲載されている契約書のサンプルは、とてもシンプルな内容となっています。契約書の取り交わしを言い出しづらい相手であっても、ガイドラインの存在を丁寧に説明すれば応じてくれることもあるかもしれません。

 

ーー駆け出しのフリーランスだと、この部分の認識は甘くなってしまう気がしますね。ちなみに、発注書や受注書を交わすときにおさえておいたほうが良いポイントはありますか?

 

一番は、やはり業務内容の詳細ですね。報酬についても、概括的な見積もりをせずに細かく業務内容に応じて項目を立てることができれば、トラブルになったときに有利かと思います。

 

例えばシステム開発などでは、契約段階では仕様が定まっておらず業務内容等を詳細に定められない場合もあるかと思います。そのような場合には要件定義のプロセスで一契約を締結し次の設計・開発段階に進んだらまた新たに契約を締結るというように、開発工程ごとに契約することもありえます

 

ーー契約書で報酬の定義はどこまでできるものなのでしょうか?

 

これは業務内容をどこまで明確にしているかという点とリンクすると思っています。業務内容が明確なら、報酬との関係も明確に説明できます。 

 

ーーなるほど……。とにかく業務内容を明確にすることが重要なんですね。

 

そうですね。相手が何を求めているかをヒアリングすることは重要です。ニーズを細かくヒアリングし、明確にしたうえで始めなければ「これだけやったのに支払ってもらえない」「思っていたものと違うので返金してほしい」などといったトラブルが起きやすいですよね。 

 

ーーちなみにフリーランスでも残業代の請求はできますか?

 

フリーランスですので、労働基準法の適用がなく残業代の請求も認められないのが原則です。しかし、企業との関係が業務委託契約などであっても実際上は労働者と変わらない関係性が認められる場合、残業代の請求ができることがあります。

 

本来フリーランスは企業と対等な立場ですので、業務の進め方などについて企業から細か指示を受ける理由はありません。それにもかかわらず、逐一細かく指示を受ける必要があったり、業務の時間帯や場所までも決められていたりと実態的には使用者と労働者の関係と変わらないような事情が認められるのであれば、労働基準法の適用される可能性があります。

 

なお、フリーランスへの労働基準法の適用に関する考え方については、前述のガイドラインでも詳細が説明されていますので、一度ご参照されてもいいかと思います。

フリーランス・複業のトラブル2:パワハラ・モラハラ

ーーパワハラやモラハラの線引きについて教えてください。

 

職場におけるパワハラについてはいわゆるパワハラ防止法の制定に伴い厚生労働省が公表した指針によって「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されています。

 

例えば、容姿の中傷や人格否定、他の社員がいる前で、仲間外し、暴言や恫喝といった行為は多くの場合、パワハラに該当すると思われます 

 

フリーランスは労働者ではありませんがパワハラに該当するような行為は多くの場合、不法行為に当たり得ますので、それによって仕事ができなくなったのであれば、損害賠償請求ができる可能性があります。また、仕事ができなくなったことについて債務不履行責任を問われずに済む可能性もあります。

 

ーーパワハラやモラハラの証拠は、どこからが有効になりますか?

 

これもケースバイケースですが、多くの場合、ICレコーダーの録音データ、メールやSNSのやりとりなどが証拠になります。

 

ーー証拠を取るために無断で録音をするのはNGですか?

 

それまでの事情からパワハラやモラハラを受ける可能性があると考えられる状況であれば無断で録音することは問題ないです。もっとも、基本的には加害者と対面で話している場面や通話している場面にられます。

 

無断で加害者の席にレコーダーを常時設置などしてしまうと、情報漏えいの観点から責任を問われ得るので注意が必要です。

 

ーー録音ができない場合、他に証拠を残す手段はありますか?

 

ケースに応じて様々な手段があり得ますが例えばパワハラを受けたらすぐに相手に対して「あなたから〇〇という暴言を吐かれました。これ以上、業務を続けることはできません」などとメールで伝えておくことも一定の意味はあるかと思います。異論があればなにかしらの返答が来ますし、このようなやり取りが存在することが間接的な証拠となります。

 

ーーとにかく自分からアクションを起こさないとダメなんですね。

 

職場におけるパワハラであれば、まずは上長などに相談することになるかと思いますが、フリーランスの場合は自衛するしかありません。

 

取引停止の可能性もあり躊躇われるかもしれませんが、受け身だと何も形に残りませんので、アクションを起こすことは大切です。

 

時間が経つほど証拠を集めるのが大変になりますし「今まで何も言わなかったのに、今さらそのようなこと(パワハラの事実)を言い出すのは、何か裏の意図があるのではないかなど勘繰られ、スムーズに話し合いが進まなくなる可能性があるため、早めのアクションが必要です。弁護士ても早めに相談いただいたほうが対応の選択肢は広がります。

フリーランス・複業のトラブル3:無理な要求

ーー立場を利用した短納期の要求、過剰な修正要求は違法にあたりますか?

 

事前に支払期限や修正回数を定めていたのにもかかわらず、立場を利用した短納期の要求、過剰な修正の要求をされた場合は、下請法や独占禁止法に違反可能性があります。立場を利用して、端から無茶な納期を設定したうえで「納期を過ぎたから支払いません」というようなケースも、下請法などの違反を主張できる場合があります。

 

ーー現実的な納期か否かというラインは、受注者であるフリーランスが提示する必要があるということでしょうか。

 

仮に裁判になった場合には、「このような業務であれば、このくらいの納期が一般的であるといった説明が必要になってきますので、その根拠用意しておく必要はあります。

 

なお、フリーランスと事業者との間の取引における独占禁止法や下請法の適用に関する基本的な考え方については、前述のガイドラインに詳細が記載されていますので、こちらも一度ご参照されてもいいかと思います。

未然にトラブルを防ぐコツ

ーー特に、契約書でチェックしたほうが良いポイントはありますか?

 

業務委託契約の中心的な要素は「業務内容」と「対価」ですので、その内容が契約書上できちんと明確にされているかどうかを確認する必要があります。また、「業務内容」や「対価」に関連する納期や支払方法などの確認も必要です

 

もちろん、損害賠償や契約の解除に関する条項なども重要ですがこれらは多くの場合、業務内容が不明確となっていることから生る問題だと思いますまずは「業務内容」と「対価」に関する条項をしっかりと確認することが重要です

 

ーー万が一、損害賠償をされてしまったときのために、備えておくべきことは?

 

損害賠償にも様々な種類がありますが、基本的には「自分には責任がない」ということを反論することになりますので、そのための材料を残しておくことになります。

 

反論を考えるうえでスタートになるのは契約書ですがそれ以外にも打ち合わせのたびに議事録を残す、合意は電話で行わず文面で証拠を残しておくことで、反論材料が増える可能性があります。これらの日常の積み重ねが重要です。トラブルの多くは、クライアントとのコミュニケーションの問題から生じるようにわれますので、やりとりの過程を記録に残すことをおろそかにしないことが大切です。

 

報酬の踏み倒しなどについては改善の見込みがない限り、一度のようなトラブルを起こしたクライアントとは以後取引しないという姿勢が求められることもあると思います

 

ご自身やサービスに魅力があれば新しいクライアントはすぐに見つかると思うので短期的な利益のために無理に取引を継続する必要はありません。クライアントに執着しないことが大切なのではないかと思います。もちろん、事業が軌道に乗るまでの間は、クライアントや仕事を選ぶのはとても難しいことだと思いますが。

 

ーー本質的ですね。結局「仕事がなくなるかも」という焦りからトラブルって生まれますよね。

 

クライアントと優劣関係ができてしまうと、契約内容が曖昧になってトラブルを引き起こしやすくなります。証拠が不十分であると裁判でも主張が認められず、泣き寝入りの状態になってしまいます。のような状態は好ましくありません。せっかくフリーランスや複業をするのであれば仕事は自由に選んだほうがよいです。

 

クライアントと対等に契約交渉をすることは、トラブルを回避するための一歩です。納得のいくまで条件交渉をすることは全くおかしなことではありませんし、業務内容を明確にすることはむしろ案件を成功させることにつながり、双方にとってメリットのあることです。自己に有利な契約条件を一方的に押し付けてくるクライアントとは、取引しないという姿勢も必要だと思います。

 

ーー最後に、報酬やパワハラなど労務関係のトラブルが起こったさいにフリーランスが相談できる場所は?

 

フリーランスの方は、有償の法律相談サービスを受けることが難しいことも多いかと思います。行政や弁護士会などによる無料法律相談サービスは数多く存在しますが、最近始まったものとして厚生労働省の委託により第二東京弁護士会が運営している「フリーランス・トラブル110番」というサービスがあります。弁護士が無料で相談に乗ってくれるほか、相談内容に応じて適切な手続きや行政の相談先を案内してくれるようです。

 

なかでも「和解あっせん」なる手続は、弁護士があっせんして紛争解決までを無料でサポートしてくれるようですので、何かトラブルが起きた際に、まずは相談してみるという選択肢もあり得るかと思います。 

 

ただ、トラブルが発生すると、その対応に追われ不安や怒りといった感情で頭がいっぱいになることも少なくありません。いくら無料とはいえ、そんな状況で一から弁護士を探して依頼をするのは大きなストレスですよね。そこで、普段から気軽に相談できる弁護士を見つけておくことをお勧めします。

 

渥美坂井法律事務所・外国法共同事業には多数の弁護士が所属しており、ニッチな分野や新しい分野で活躍するフリーランスの方であっても「話がわかる弁護士」とマッチングできると思います。「相談があるときだけ」のスポット相談のお客様も多いですし、ご予算にあわせて事前にサービス範囲をお客様と相談して決めることがほとんどですので、費用の面からもご納得いただけると思います。

 

何よりも、様々な形で企業や組織内で「ビジネス側」「弁護士を使う側」として働いた経験がある若手弁護士が多く、私の周りにも「フリーランスの皆さんのビジネスのお話を聞くだけでも楽しい」という人がたくさんいます。「契約や法律に明るいチームメンバーを見つける」くらいの気持ちでお話を聞かせていただければとてもうれしいです。

 

この記事を書いたひと


俵谷 龍佑

俵谷 龍佑 Ryusuke Tawaraya

1988年東京都出身。ライティングオフィス「FUNNARY」代表。大手広告代理店で広告運用業務に従事後、フリーランスとして独立。人事・採用・地方創生のカテゴリを中心に、BtoBメディアのコンテンツ執筆・編集を多数担当。わかりやすさ、SEO、情報網羅性の3つで、バランスのとれたライティングが好評。執筆実績:愛媛県、楽天株式会社、ランサーズ株式会社等