過疎や少子高齢化が進む地方都市で積極的に活動を行い、地域社会の維持や強化を担う「地域おこし協力隊」。その名前は、たびたびメディアで取り上げられているため、多くの人が知る存在となっているものの、実は自治体によって契約形態や仕事内容、募集要件などが異なります。情報発信、観光案内、地域行事の支援、消防団のサポート、農林水産業への従事など実にさまざま。

 

そこで本日は、小松市で活動している西野さんを1つの事例として、地域おこし協力隊の仕事や大変なこと、やりがいなどについて取り上げます。

 

東京での生活を終えて、次なる挑戦を。石川県小松で地域おこし協力隊になった理由|mazrica times

 

織り機の音を聞いて育った幼少期。学生時代から伝統工芸に興味をもつ

東京での生活を終えて、次なる挑戦を。石川県小松で地域おこし協力隊になった理由|mazrica times|1

 

ーーまず、学生時代に取り組んでいたことについて教えてください。
京都美術工芸大学に通いながら、木工とデザインを専攻していました。1年生の頃に学外の活動として、伝統工芸に携わる職人さんの想いを発信するフリーペーパー「想いのしおり」をスタート。最初は1人でしたが、活動する中でカメラマンとデザイナー、ライターのメンバーが新たに加わり、4名で活動していました。私の担当は主にフリーペーパーのディレクションとライティングですね。

 

ーーこの頃から、ものづくりや伝統工芸に関心があったんですね。
そうですね。昔から関心がありました。出身は西陣織で有名な京都の西陣で、幼い頃から織機のガッチャンガッチャンという音を聞いて育ったんです。私のおじいちゃんやおばあちゃんも西陣織の一工程を担っていたので、その影響を受けているのかもしれません。

 

ーーその後は、何系の会社に就職されるんですか?
新卒で東京の編集プロダクションに就職し、編集者として働きました。そこに数年勤めたのち、クラウドファンディング「Makuake」のページ制作を行っている会社へ転職。その会社では、ライター、カメラマン、デザインなど、主に制作業務を担当していましたね。

 

ーー職人の道に進むことは考えなかったんですか。
大学を選ぶときに職人の道に進むのか、ものづくりに関わる人や業界をPR・プロデュースする方向に進むか悩みました。なので、「どちらも経験してみよう」と考え、大学では木工・デザインを専攻し、学外活動でフリーペーパーの制作をしていたんです。実際にやってみて、職人よりもものづくりに関わる人や業界をPR・プロデュースする方がやりたいなと実感できました。

知人に声をかけてもらい、小松の地域おこし協力隊へ。

東京での生活を終えて、次なる挑戦を。石川県小松で地域おこし協力隊になった理由|mazrica times|2

 

ーー地域おこし協力隊の仕事を知ったきっかけについて教えてください。
紹介で知りました。2社目を退職しようか悩んでいた頃に、小松市にある「セラボ九谷」という施設で働いていた知り合いから、「協力隊になってみるのはどう?」とTwitterでお誘いをいただいたんです。その人はちょうど協力隊の任期を終えるタイミングで、後任を探していたんですね。

 

ーー声をかけてもらって、二つ返事で「じゃあ行きます」となったんですか。
いえ、一般企業の就職も同時に進めていたので、すぐに返事はしませんでした。まず「セラボ九谷」がどのような施設でどんな仕事をするのか直接見たかったので、小松に数日滞在したんです。小松での生活や現地の人との交流、そして「セラボ九谷」や窯元さんにも伺い、ここで暮らす実感を得ることができました。そこから選考を経て、2022年3月に小松市の地域おこし協力隊に着任し、今4ヶ月目になります。

 

ーー京都に戻ることは考えなかったですか。
少し悩みましたけど、今じゃなくても良いと思いました。戻ろうと思ったらいつでも戻れるし、知り合いがいない場所で挑戦してみるのも面白いかなって。

 

私、東京の生活でかなり消耗してしまったんです。今住んでいる家は、車で15分ぐらいで海に行けて、山もすぐ近くですし、小鳥のさえずりで目が覚める場所。とても心地良い暮らしができていますね。

地域おこし協力隊の仕事とは?

東京での生活を終えて、次なる挑戦を。石川県小松で地域おこし協力隊になった理由|mazrica times|3

 

ーーまず、現在働かれている「セラボ九谷」について教えてください。
正式名称は「九谷セラミック・ラボラトリー」で、複合型の九谷焼文化施設です。九谷焼の常設展示や期間限定の作品展示をしているギャラリー、箸置きや壺、食器が購入できるショップ、ろくろ体験や絵付け体験などができる体験工房、また九谷焼づくりに欠かせない磁器土(陶芸用粘土)の製土工場も併設されています。

 

ーー西野さんは、この施設でどのような仕事内容を担当されているのでしょうか。
施設運営全般の業務を任されています。具体的には、来客対応、販売接客、展示の企画・運営などになります。また、当施設でオリジナルの商品を作っているので、「その商品を取り扱いたい」というお客様との商談対応も担っています。

 

ーー展示の企画・運営というのは、具体的にどのようなことをされるのでしょうか。
主に、企画展の全体設計から、企画展の運営、取り扱う器の選定、それに伴う窯元さんとの交渉や連絡などを行います。

 

ーー同じ施設には、他にも地域おこし協力隊の方はいるんですか。
そうですね。あともう1人います。その他、施設内にはアルバイトが2人、組合の職員が1人、体験工房のスタッフが2人で、合計7人で運営しています。

 

ーー小松で活動されている地域おこし協力隊の方は、過去どのようなキャリアや経験をお持ちの方が多いですか。
今一緒に働いている方は、地元が小松市です。就職を機に上京し、その後Uターンして協力隊になっています。卒隊した方は、千葉出身でまちづくりや地方創生に興味があって、鹿児島で地域おこし協力隊を経験したのちに金沢で働き、小松市に来られた方です。その方は現在、小松市でお店を開いています。

 

ーー小松市出身の方でも応募できるんですね……!てっきり県外の方だけだと思っていました。
都心部に住民票がある方を地域に移住させるのが目的なので、Uターンでも応募できますよ。

 

ーー次に1日のスケジュールについて教えてください。
朝9時に出社して、1時間の昼休みを挟んで18時ごろに退勤します。ときには、展示会のために窯元さんに会いに外出することもありますが、基本は施設内で作業していることが多いですね。

「地域おこし協力隊になれば何かが変わる」わけではない。主体はあくまで自分

東京での生活を終えて、次なる挑戦を。石川県小松で地域おこし協力隊になった理由|mazrica times|4

ーー調べたところによると、地域おこし協力隊の雇用形態は、大きく「会計年度任用職員※」と「個人事業主」の2つがあるそうですね。西野さんはどちらになりますか。
私は個人事業主です。ですので、給料ではなく月額報酬で支払われています。あと、基本の報酬に加えて活動経費も支給されます。例えば、視察に行くために必要な交通費や九谷焼の新商品開発のための費用など、将来その地域で事業や活動をするための準備金に充てることができます。

※自治体と雇用契約を締結し、公務員として働く。公務員の就業規則に準ずるため、副業は禁止されている。

 

ーー勤務はシフト制なのでしょうか。
そうですね、シフト制です。私の場合は、月16日勤務の契約になっています。週4日は施設のシフトが入っていて、残りの週3日は休みになります。ただし、地域おこし協力隊は3年の任期の間に地域とつながりを作り、3年後何かしらの事業を行うのが基本的なスタンスなので、週3日の休みを3年後を見据えた活動に充てる方がほとんどですね。

 

ーーどのようにして業務は引き継がれるのでしょうか。
そこは民間の会社と同じです。1ヶ月の引き継ぎ期間でデータが置かれている場所、レジの打ち方、お客さん対応の仕方、館内の案内など、業務に必要なことをレクチャーしてもらいました。

 

ーー応募資格にはどのようなものがありますか。
まず「任期を満了した3年後も小松市に残りますか」という意思を問われます。あと、私の場合は普通自動車免許の有無も問われました。(取得していない場合は、今後取得する意志があるかどうか)地方なので、車がないと仕事どころか日常生活に支障が出てしまうので。

 

ーーなかには、任期を終えたあとに定住せずに帰ってしまう方もいるんですか。
定住しない方もいます。全国の協力隊の半数は自分の地元に帰るか、他の地域に移住する、もう半数は赴任先に残ると言われていますね。

 

ーー自分で主体的に動いていかないといけないんですね。
そうですね。任期が3年と決まっているので、そこを見据えて自分が何をしたいか、どれだけ動けるかを明確にしないといけませんよね。

 

ーー人によっては「地域おこし協力隊になれば何かが変わる」と思って来る方もいるかもしれませんね。でもそんなに甘くないと。
たしかに、協力隊になれば地域との関わりの中で仕事をする機会が増えますし、家賃補助も出るし、自然に近い豊かな暮らしができます。しかし、実際はその地域でどう関係性を作っていくかが大切なので。厳しいようですが、主体的に動かないと何も始まらないと思いますね。

都心部よりも人間関係が濃厚だからこそ、楽しさも苦労も増える

東京での生活を終えて、次なる挑戦を。石川県小松で地域おこし協力隊になった理由|mazrica times|5

 

ーー地域おこし協力隊で、大変な点や苦労している点は?
仕事面よりは生活面になりますが、1つは移動手段が車になるので外でお酒を飲みにくいことですね。良く言えば丁寧な暮らしですが、居酒屋でワイワイ盛り上がりたい、夜遅くまで飲み歩きたいみたいに刺激が欲しい方には少し物足りないかもしれません。

 

もう1つが、人との関係構築の部分ですね。距離が近いからゆえに大変なことはあります。ただ、畑で採れた野菜をお裾分けしてくれたり、畑の手伝いに参加させてもらえたり、良いこともたくさんありますよ。

 

ーーちなみに今の住まいは、地域おこし協力隊から提供してもらった物件ですか。
提供物件を用意しているところもあれば、自分で探すところもあって、自治体によりけりですね。小松市の協力隊の場合は物件を自力で探す必要がありますが、ちょうど先輩協力隊の方が家(シェアハウス)を退去するタイミングだったので、私は運良く入居できました。

 

ーー本当に人の縁って大切ですね。
おかげさまで、審査もスムーズに進みました。さっきも話しましたが、協力隊になる前に小松を案内してもらったことがあって。実は、その時に今住んでいるシェアハウスに泊まらせてもらったんです。なので職場も見学できたし、家にも泊まって暮らしをぼんやりとイメージすることができ、「これなら暮らせるな」という実感を持てたのが大きかったですね。

 

ーー反対にやりがいに感じるところは?
展示会の企画ができたり、窯元さんの作品を取り扱えたりすることにやりがいを感じますね。今ちょうど7月から始まる企画展に向けて準備をしています。今度の企画展では、夏にちなんだ涼しげな器を窯元さんから集めて、テーブルコーディネートをしようと考えています。

 

窯元さんに「こういう器ありますか」「こういう器作れませんか?」と交渉したり、DMやポスターの制作・配布、Instagramの発信といった広報業務をしたり、地元の新聞に取り上げてもらうときの取材対応をしたり、忙しくも充実していますね。

 

ーー最後に、今後の展望について教えてください。
直近の展望としては、「セラボ九谷」に来場してくれるお客様の満足度を向上させたいです。今は、ギャラリーを見て帰られてしまうお客さんが多いんですね。ガラス越しに工場も見学できるのですが、どのような作業をしているのか、うまく伝えられてなくて。案内のキャプションだけでなく、映像やイラストなどで見やすくする工夫は必要かなと思っています。

 

施設の滞在時間が増えることで、商品を購入してもらえるような方向に持っていけると理想ですね。入館特典として、300円券、ステッカー、トートバッグ、小皿のいずれかが当たるガチャガチャも始めました。試行錯誤してみて、もっと身近に九谷焼を感じてもらえる施設にできたら良いなと思います。

 

地域おこし協力隊を卒業した後のビジョンとしては、工芸に特化したシェアハウスやゲストハウスの立ち上げを計画しています。焼き物に限らず漆器や木工、和紙など、職人さんによって作られたものを暮らしのなかでもっと使って欲しいと思っていて。例えば、シェアハウスやゲストハウスにある家具や調度品をすべて漆器にしてみて、滞在者に使ってもらうみたいなことを考えています。一度使えば漆器の良さや使い方がわかると思うので。そこで興味を持った人は漆器を購入できたり、職人さんと交流ができるような取り組みを構想中です。もっと工芸を暮らしに馴染むものにできれば良いなと思っています。

 

この記事を書いたひと


俵谷 龍佑

俵谷 龍佑 Ryusuke Tawaraya

1988年東京都出身。ライティングオフィス「FUNNARY」代表。大手広告代理店で広告運用業務に従事後、フリーランスとして独立。人事・採用・地方創生のカテゴリを中心に、BtoBメディアのコンテンツ執筆・編集を多数担当。わかりやすさ、SEO、情報網羅性の3つで、バランスのとれたライティングが好評。執筆実績:愛媛県、楽天株式会社、ランサーズ株式会社等