2018年、政府がモデル就業規則を改定してから、複業に大きく注目が集まっています。近年は、複業もさまざまなバリュエーションが存在し、社内副業や社外留職のようなあたらしい複業の形も登場しています。今回は、この社内副業の仕組みやメリット、企業事例について解説いたします。

終身雇用の終わり、複業の始まり

不況といわれてから早20年近く、終身雇用の時代は終わりを迎え、転職が当たり前の時代に突入しました。政府が推進する働き方改革により、2018年1月のモデル就業規則の改定では「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと。」という文言が削除され、副業・兼業についての規定を新設しました。これにより、今まで禁じられた複業は事実上解禁され複業をする従業員が増加しています。

 

 

2017年に厚生労働省労働基準局が行った調査では、雇用者かつ複業を希望している数値は、増加傾向にあり、2017年には複業希望者が3850万人、複業就業者が1288万人となっています。ただし、労働者全体の割合では複業希望者は6.5%、複業就業者は2.2%と、まだまだマイノリティであることが伺えます。

<参照:副業・兼業の現状①/就業構造基本調査

しかし、コロナショックによって、多くの企業はリモートワークへの切り替えを余儀なくされ、大きくワークスタイルが変革しました。このような状況下では、従業員は今まで以上に自分の暮らし方や働き方を見直すようになり、ますます複業を始める人が増加するでしょう。

社内副業とは?

社内副業とは、その名の通り、所属する事業部や部署に籍を置きつつも異なる事業部や部署の新しい業務を引き受ける働き方です。社内副業で有名な例が、アメリカの3M Companyです。3M Companyでは、就業時間のうち15%を本業務以外の時間に使うことができる「15%ルール」と呼ばれる制度がありました。3Mの代名詞ともいえる商品ポストイットは、この「15%ルール」の中で生まれたと言われています。

Googleでも、「15%ルール」のようにやりたい仕事やプロジェクトに時間を使える「20%ルール」と呼ばれる制度があり、「Googleニュース」や「Google Adsense」と呼ばれるプロダクトはこのルールから生まれたと言われています。 2020年6月には、KDDIが他部署の業務に就業時間の20%を使うことができる「社内副業制度」を開始し、話題となりました。このように、日本でも大手企業を中心に社内副業制度の採用が少しずつ広がりをみせています。

 

社内副業と複業の違い

社内副業は、報酬という考え方ではなく、あくまで給与内で本業務と他事業部や部署の業務を依頼される社内副業の時間が割り振られます。その一方、複業は自分自身の肩書きやネームバリューだけで、会社外の組織または個人と取引をします。

 

少し特殊な事例として、タニタの「日本活性化プロジェクト」があります。これは、 プロジェクト参加希望者を一旦退職させ、個人事業主として再雇用するものです。本来の業務は引き続き受け持つことができるほか、他事業部や部署の業務は追加業務という扱いになり、報酬が加算されます。 基本の報酬は、直近の正社員時代の残業込み給与・賞与をベースにするため、基本給が下がることもなく、むしろ税金も圧縮できる他、他部署や残業代も加算額として上乗せされるため、年収が増える人が多いそうです。

 

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社内副業と社外留職の違い

社内副業制度が、社内の他事業部や部署の業務に携わるのに対して、社外留職は会社に籍を置いたまま、他の会社に出向し期間限定で働く制度です。海外の事例ではサムスン電子、IBM、日本の事例ではパナソニック、スープストックトーキョーを運営するスマイルズ、キリン、またアソビューでは、2020年6月から「在籍出向制度」という制度が運用されています。

社内副業の導入が増えている理由

では、なぜ近年になって社内副業がさまざまな会社で採用され始めているのでしょうか。

 

まず、従業員のスキル拡大と視野を広げることが一つの理由として考えられます。VUCAと呼ばれる予測不能な時代においては、特定のスキルを持ったスペシャリストに加え、幅広い知見や知識を持つT型人材の育成、採用ニーズが高まっています。

 

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T型人材とは、ジェネラリストとスペシャリストの特性を兼ね備えた人材で、専門性を持ちつつも、幅広い知見も持っているため、専門性をさまざまな業界に転用することができます。また常識や固定観念にとらわれず、柔軟に思考できる力も持っています。

 

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そして、もう一つが適材適所への人材配置です。業務には必ずオンピーク、オフピークがありますが、社内副業を採用することで、稼働率が低い人材を極力減らすことにつながります。また、幅広い業務に関わることで、業務の属人化から脱却でき、長期的に全体の業務効率化につなげることができます。

社内副業のメリット・デメリット

社内副業を採用することで、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。

メリット1:幅広い知見・知識が身につく

今まで触れたことのない新しい分野・ジャンルの業務に携わることができ、幅広い知見・知識・スキルが身につきます。別の事業部や部署の業務をすることで、今までよりも多角的な視点で本業務に向き合うことができます。また、業務の流れ全体も把握でき、より俯瞰的な視点で仕事に取り組めます。

 

メリット2:業務の属人化からの脱却

自分の担当外の業務をすることで、業務の属人化から脱却できます。万が一、中堅社員が家庭や健康の事情などで離職する事態に陥っても、人手不足や業務過多に陥らずに、他の従業員同士で助け合って乗り越えていくことができます。

 

メリット3:”自分ごと化”の視点が持てる

さまざまな業務を経験することで、事業全体の流れが把握でき、”自分ごと化”の視点を持てるようになります。例えば、自分に業務を依頼する側の部署で業務をすることで、発注側の目線を知れて、利害関係、意図などを理解することができます。

 

デメリット1:仕事量が増える

本業務、社内副業、どちらにおいても成果を出そうとすると、必然的に時間は不足します。会社によっては、社内副業の時間が規定されている場合もありますが、もしそうでない場合は、直属の上司と相談し、業務量の調整を行う必要があります。

 

デメリット2:予定調整・管理の難しさ

仕事量とも重なる話ですが、複数の部署の業務を行う場合、綿密なスケジュール管理・調整能力が必要になります。別部署での業務も増えてくれば、自席にいないことも増えてくるため、チャットやビデオ会議ツールなどITツールを活用しつつ、意識的にコミュニケーションを取り、スムーズに業務が遂行できるような工夫・取り組みをすることが大切になります。

 

社内副業を実践している事例

最後に、社内副業を実践している企業事例について紹介します。

パナソニック

パナソニックでは、所属部署に身を置きながら他部署で副業ができる「社内公募制度」があり、20年近く続いています。そのほか、2018年からはじまった籍を置いたまま、提携の出向先で勤務する「社外留職制度」も運用しています。

サイバーエージェント

サイバーエージェントグループでは、2019年に技術者を対象としたグループ内副業制度「Cycle(さいくる)」を開始しました。所属部署に籍を置きながら、サイバーエージェントグループ内の案件の業務を行うことができます。本業とのバランスから、単発案件をメインとし希望者とはその都度、業務委託契約を結びます。

丸紅

丸紅では、労働時間の15%を本業務以外の新事業立案などに取り組む時間に充てる制度を開始しました。これは、Googleの「20%ルール」、3M Companyの「15%ルール」に倣ったもので、副業をきっかけに新事業が増えることを期待して創設されたものです。

リコー

リコーでは、2019年に労働時間の20%の時間を所属部署とは別の希望部署の業務に使うことができる「社内副業制度」を新設しました。主に、20〜30代前半の従業員を対象としています。

KDDI

正社員11,000人を対象に、就業時間の20%の範囲で、公募されているKDDIグループ内の所属部署以外の部署での業務を許容する社内副業制度を開始しました。社内副業の期間は、最長6ヶ月、社内副業の評価も人事考課の対象となります。

まとめ

今後は、会社が従業員を管理する関係性ではなく、会社と従業員がフラットな関係になり、個々の事情やキャリアに合わせた柔軟な働き方が次々と登場してくるでしょう。複業では、従業員のスキルアップといったメリットもありますが、優秀な人材や自社の技術・ノウハウの流出などのリスクもあります。まずは、社内副業から始めてみて、自社の組織活性化、従業員のスキルアップへの一助としてみてはいかがでしょうか。

この記事を書いたひと


俵谷 龍佑

俵谷 龍佑
Ryusuke Tawaraya

1988年東京都出身。ライティングオフィス「FUNNARY」代表。大手広告代理店で広告運用業務に従事後、フリーランスとして独立。人事・採用・地方創生のカテゴリを中心に、BtoBメディアのコンテンツ執筆・編集を多数担当。わかりやすさ、SEO、情報網羅性の3つで、バランスのとれたライティングが好評。執筆実績:愛媛県、楽天株式会社、ランサーズ株式会社等