リモートワークが一般的になり、今や海外にいながらリモートワークをする生活も遠い理想ではなくなりました。とはいっても、文化の違いや言語の壁など、さまざまな問題で、なかなかやってみようと決断できないもの。本記事では、オランダに移住しフルリモートで働くマツリカの竹下さんに海外移住をしようと思った理由、そこに至るまでの苦労などについてお話しを伺いました。

 

会社員をしながら「海外リモートワーク」で生活が豊かに。マツリカの竹下さんがオランダへ移住した理由とは?

 

アメリカの大学を卒業後、セールスのキャリアを歩む

会社員をしながら「海外リモートワーク」で生活が豊かに。マツリカの竹下さんがオランダへ移住した理由とは?

ーーまずはマツリカに入社されるまでのご経歴について教えてください。  

 

アメリカの大学を卒業し、日本に帰国後は印刷業界で新規営業・ルート営業を経験しました。その後、アメリカのアパレル会社のホールセールスチームで、展示会出展の交渉やお店に卸す商品の契約・提案などのサポートを担当していました。結婚してから、しばらく専業主婦をして、不動産業界で営業事務・営業を担当しました。そんな感じで、ずっと営業または営業さんの元で仕事をしていましたが、SFAを使っていた企業がなかったんですね。そんなときマツリカの募集に出会いました。トップセールスのスキルをその人だけに留めるのではなく、社内でもシェアできて、会社の業績を上げる素晴らしいツールと感銘を受けて、マツリカにジョインさせていただきました。  

 

ーー営業の課題を解決できるのがマツリカだったのでしょうか?  

 

そうですね。基本的に営業さんは会社にいないことが多いんですね。エクセルで進捗管理しているケースが多いですが、更新してくれなかったりして(笑)お客さんから連絡が来ても分からず、無駄なやり取りも増えてしまって、課題を感じていました。  

 

「自律と共生を学ぶ教育」に魅力を感じる

 

ーーオランダには、いつ頃移住されたのでしょうか?

2020年の1月1日です。私がオランダに来てからコロナがひどくなったので本当にギリギリでした。移住して、もうすぐ丸1年になります。  

 

ーー本当にギリギリですね……。海外移住って、思い切った決断だと思うのですが、なにかきっかけがあったのですか?  

 

5年くらい前に、マレーシアで英語やグローバルな視点をもたせる「母子留学」が流行っていて、2〜3週間くらいマレーシアのペナンに母子留学に行きました。子供と母親だけでも問題なく生活できる感じて、そこから海外移住を考えるようになりました。日本にいたときは、朝準備をして子供たちを送り、出社して夕方にはお迎えに行って、夜ご飯を作って…と、常に時間に追われていました。子供と電車に乗ると舌打ちされたり、心ない言葉を言われたりと、肩身の狭い思いをした経験も多くて、違う場所で暮らしたい気持ちは年々強くなっていきました。 

 

ーー移住といっても、タイやマレーシア、アメリカと候補地はいくつかありますが、その中なぜオランダに決めたのでしょう? 

 

アメリカも検討していましたが、保険加入が義務ではなく医療費が高いのがネックでした。子供は怪我や病気もしやすいので、医療制度が充実している場所が良いと思ったんです。いろいろ探していると、オランダの「子供の個性をつぶさない教育」にひかれたんです。それに、ビザ取得のハードルもそこまで高くなくて、オランダの国柄もおおらかで良いなと。日本の教育は正解が決まっていて全部同じというか、そんなところに疑問を感じていました。

 

ーー知らない街へ移住、しかも海外で……となると怖さもあると思いますが、お試し移住はされましたか?

 

住む街の雰囲気を経験してからじゃないと怖いので、一週間ほどお試し移住しました。そのときに、保育園などの事情は把握して、不安な部分は現地の方に確認しました。

 

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ーービザや書類手続きで苦労はありませんでしたか? 

 

分からないことを聞くとオランダの役所の方が丁寧に教えてくれました。それでも分からければ、オランダに移住された方のブログを読んでいました。あと、オランダには日蘭協定があって、アメリカ人と日本人は優遇されているんですね。ビザの取得に必要書類もオンラインで申請できるものもあって、日本の役所と比較すると容易に申請ができました。

 

ーーいざ、移住となると両親や親戚など育児に協力してくれる人とも離れ離れになりますし、身近な方から心配や反対の声もありそうですが、そのあたりはどのように解消されたのでしょう? 

 

まず、離婚した元夫とは、別れても共同養育すると決めていたので、特に問題はありませんでした。家族は、子供のことを心配していたので、「日本と医療面のシステムは違うけど、近所の町医者に大きな病院を紹介してもらえるよ」と説明しました。会社には、入社面接のときに「海外からのフルリモートも可能ですか?」と確認して了承をもらっていました。なので渡航日が決まってからは、弊社の労務部・経理部にも協力や助言をもらいながらスムーズに移住できました。

 

ーーオランダだと日本と-8時間の時差がありますが、仕事面でどのように工夫されていますか?

 

私は子供との時間を増やしたかったので、子供たちが帰ってくる昼前には仕事を終わらせたいと思っていました。なので、日本時間の10時には稼働するようにしていて、翌日の午前中の段階で必要と分かっている書類は前日に作成しています。Senses(センシーズ)があるからこそ営業チーム全員の動きが細かく分かるのでとても助かっています。

 

ーー移住前から「この時間から始業します」みたいなことは、会社に相談されていたのですか? 

 

そうですね。例えば日本時間の9時だとオランダでは真夜中なので、「これくらいの時間でも良いですか?」と事前に許可を取りました。日本にいたときは、夜に連絡がきても子供のことで対応できませんでしたが、オランダだとお昼なのでちょうど良いです(笑)日本にいたときよりも私は働きやすいですね。  

 

海外リモートワークにおける生活スケジュール

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ーー時差の話が出ましたが、もう少し詳しく一日の生活スケジュールについて教えてください。

 

朝は2時半か3時に起きて、21時くらいに寝ます。移住してから、ずっと時差ぼけしたまま過ごしている感じですね(笑) 

 

ーー早いですね…! 

 

でも、これは私は望んでやっていることです。上司からも「大変だったら遅い時間でも大丈夫だよ」と言われていましたが、子供達の時間に合わせて早く仕事を終わらせたいし、日本時間に合わせて動きたいし、自分の時間も確保したいので、そのようにしています。一日の流れでいくと、まず朝2時に起きて体を動かしたりお茶を飲んだりして目を覚まし、2時半くらいから稼働します。7時半〜8時半は子供たちのご飯を作ったり学校に送ったりする時間で、8時半〜11時でまた仕事をします。朝は子供たちが騒がしいので、子供たちが登校している日本時間の17時以降にゆっくりミーティングできるよう、合わせていただいています。 

 

ーーなるほど……!朝は早いけど、昼からまるっと時間が空くのは良いですね。 

 

そうなんですよ。昼以降はオランダに住んでいる友人とランチに行ったり、ゆっくりお買い物を済ませたりもできます。日本のときはバタバタとしていましたが、オランダにきてからは人間らしく生きている気がします。早起きして一日がすごく長く感じて、日本時間でもオランダ時間でも暮らせるので二倍も得している感じです。

一番つらいのは、「日照時間」が短いこと

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ーーここまで、良かった点をお聞きしましたが、反対に大変だと感じる部分はありますか?  

 

やはり、大変なのは日照時間ですね。ヨーロッパの夏は、湿気もなく夜も22時くらいまで明るいので、もう日本に帰りたくないと思っていましたが……(笑) 冬は朝8時でも真っ暗で、子供たちも「なんでまだ夜なのに学校いくの?」みたいに言ったりして……。17時には日が暮れるので気分が落ち込むことも多かったのですが、それもだいぶ慣れてきました。日光を浴びない分、毎日ビタミン剤を飲んだり、特殊なライトを買ったりして、しっかりケアをしています。また、今ヨーロッパはコロナの感染が広がっていて、オランダでもレストランやカフェ・バーだけでなく、美術館や博物館も閉鎖していて(取材日:2020年11月11日時点)楽しみが減ってしまいました。なにかSTAYHOMEの趣味を模索しないといけなくて、そこが少し辛いですね。

 

ーー日本にいる友人とのコミュニケーションも減ると思いますが、そのあたりはどうでしょう? 

 

友人同士でもzoomで頻繁にやり取りをしています。会社でもなるべく入れるミーティングに参加したり、会社の女子たちとオンライン飲み会をしたり、主体的にコミュニケーションをとっています。

 

この話の続きは、後編で。後編では、海外リモートワーク生活で工夫していること、オランダ人と日本人の働き方の違いについて話してもらいました!  

 

会社員をしながら「海外リモートワーク」で生活が豊かに。マツリカの竹下さんがオランダへ移住した理由とは? ー後編ー

 

この記事を書いたひと


俵谷 龍佑

俵谷 龍佑 Ryusuke Tawaraya

1988年東京都出身。ライティングオフィス「FUNNARY」代表。大手広告代理店で広告運用業務に従事後、フリーランスとして独立。人事・採用・地方創生のカテゴリを中心に、BtoBメディアのコンテンツ執筆・編集を多数担当。わかりやすさ、SEO、情報網羅性の3つで、バランスのとれたライティングが好評。執筆実績:愛媛県、楽天株式会社、ランサーズ株式会社等